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投稿者: webmaster 投稿日時: 2009-10-23 9:35:48 (378 ヒット)

2009年9月26日(土)朝日新聞朝刊「私の視点」より


投稿者: webmaster 投稿日時: 2008-3-19 23:02:34 (848 ヒット)

■長岡技科大の日本語講師と卒業生が共著


○工場用語・恋愛表現も収録


 増え続ける在日ブラジル人向けに、長岡市の長岡技術科学大学で日本語を教える講師松田真希子さん(35)と同大卒業生のブラジル人男性が、レストランや病院、職場など暮らしの中で必要とされる日本語の単語や表現を、ポルトガル語と日本語で収録した生活ガイド本を出版した。ながおか市民センターでのボランティア活動で市内のブラジル人と接するうちに、「こんな本があれば両国の人に役立つのでは」と思いたったという。


   ◆◆◆



 本の題名は「ブラジル人のためのニッポンの裏技」(春風社、
045・261・3168)。220ページで1500円。松田さんが同大で日本語を教え、工学部卒業後、市内の輸送機器メーカー「日本精機」に勤務するリオデジャネイロ出身のティアゴ・ピントさん(28)が、翻訳や経験談の紹介などを担当した。


 15~35歳前後の読者を想定し「暮らし」「付き合う」「働く」など大きく五つに分類し、ファッションや職探し、自己紹介などに使える日本語をイラストや写真を交えて掲載している。ブラジルでの日系人の歴史や日本の四季、元号などにも触れている。


 2人のコラムでは、ピントさんが、テレビで流れる大手メーカーのプリンターや清涼飲料の名称の発音が、ポルトガル語で「男性器」や「お尻」を意味し、「CMで聞いてびっくりしているブラジル人も多いはず」と、興味をひく話題も。6ページを割いた「恋愛」は、松田さんの依頼でピントさんが実際に用いた日本語の表現を元にしたという。


 工場で働く人に向けて、作業工程の解説も詳しい。松田さんは「ブラジル人と日本人がいい人間関係をつくるために役立てて欲しい」と話す。


 製作を始めたのは05年初めごろ。市民センターで10代後半のブラジル人に日本語をボランティアで教え始めた経験が元になった。英語も分からない、日本語の文字も知らない若者を相手に「何を伝え、教えればいいのだろう」と迷った。


 意思疎通を図るのに役立つガイド本も見つからなかった。「ポルトガル語ができない日本人もコミュニケーションが図れる本があれば」。何より自分がそんな本を必要としていた。


 03年4月に同大に編入したピントさんも、市民センターにボランティアで出入りしている。病気になった人に付き添い、刑事裁判で被告になったブラジル人の通訳をする中で、在日ブラジル人が抱える問題も見てきた。「言葉や知識がないために、不当に扱われ、トラブルになった派遣社員を何人も見た」という。


 2人は夏休みなどまとまった休みに、市民センターに集まって作業。必要な言葉が何かを議論しながら、3年かけてゼロから本を完成させた。ブラジルで発行されている日系人向けの新聞社やブラジル人支援をしている知人らの助けも借りた。


 初版は5千部。「日本に来る前の人にも読んで欲しい」と一部は海を渡り、ブラジルで販売される。ブラジル人と日本人の相互理解が進み、壁を溶かす道具の一つになることを願っている。

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投稿者: webmaster 投稿日時: 2007-5-1 14:30:38 (857 ヒット)

2007年4月29日、神戸にて移民祭が開催されました☆

日系ブラジル人1世~3世までの方の話を聞くことができました。(一部紹介)

<自分と見つめあう>

「顔は日本人なので、口を開けない限り(話さない限り)はブラジル人だとは思われない」

「なぜ日本人の顔をして、日本語が話せないのか?」そう言われると困る。

3歳の時に日本に来て、ポルトガル語を流暢に話していた時期もあった。けれども今は、それをキープ出来ていない。そうであったとしても、私は「日系ブラジル人」だと意識しながら日本人と接していきたい。

生まれて2ヶ月で来日したから、自分が「ブラジル人」なのか、「日本人」なのか分からない。だから、それが自分自身のテーマ。でも、このイベントを通して日系ブラジル人1世がブラジルにおいて自分自身を「日本人」だと自覚しながら生きていることを知り、最近は自分を「日本人」って思ってもいいのではないかと思い始めていたりもする。

16年前に来日して、小学生の子どもがいます。子どもは学校で日本語をどんどん習得するけれども、ポルトガル語を忘れ始めています。もうすぐ思春期。父親は日系3世で、ブラジルでは日本人の少ない環境だったため、日本語は片言。父親との子どものコミュニケーションが難しくなってきている。
私は、家の中では、日本語というルールがあった。そのため両親とは日本語で、兄弟姉妹とは日本語とポルトガル語交じりで話していました。だから、私のアイデンティティは「日系人」です。

娘が8歳、息子が10歳の時に来日しました。ことばも全く分からない状態で日本の学校に入ることになりました。けれども、周りの協力もあって、小中高大と進学することができました。

上記の内容は、日本社会における在日外国人を取り巻く現状の一部ですが、実際に自分は何者なのかと考える方は多いように思います。外見は、日本人と変わらないために、自分はどう周りの目に映っているのだろうか・・あっ、ガイジンさんなんだ、そう思われてしまったら、なかなか受け入れてもらえない。最初は、物珍しさで近くに寄ってきても、次第に離れていく。それは日本国内を転勤する時でも同じですよね。最初は「うわ~、標準語話してよ~」というけれども、次第に「東京出身だからって、格好付けるなよ」と冷たくされたりしますから。それが外国籍ともなれば、一層ターゲットにされてしまいます・・辛い現実です。
自分とどこか違う存在を認められない。違いはマイナスだと解釈されてしまうのでしょうか。違いをマイナスではなく、プラスに受け止めることができたら・・自分とバックグラウンドが違ったとしても、同じ人間です。
あるブラジル国籍の女子小学生が言いました。「どうして、差別はあるのだろう。神様は皆同じ人間にしたんじゃないの?」
差別は、その人のリズムまで崩してしまうのではないかと最近思います。


投稿者: webmaster 投稿日時: 2007-4-2 15:38:00 (916 ヒット)

◇雨の中、同級生ら600人参列
 焼津市内で殺害されたブラジル国籍の女性派遣社員ミサキ・ソニアさん(41)と長男ヒロアキさん(15)、二男ヒロユキ君(10)の母子3人の「お別れの会」が26日、同市中港の葬祭場で行われ、会場には同級生や母親の友人など約600人が集まった。会は同市に住むブラジル人を中心に行われ、参列者は雨の中をうつむいて傘をさし、無言で会場を後にした。
 3人の写真が飾られた会場で祈りがささげられ、ヒロアキさんが中学で所属していたサッカー部の主将や、通っていた空手道場の先生が別れの言葉を述べた。同級生が折った鶴もささげられた。参列者は順に白菊を献花したという。ヒロアキさんの先輩だったという高校1年の男子(16)は「明るく楽しいやつだった。歌が得意で文化祭でも歌っていました」と話した。会のまとめ役でソニアさんの勤め先の人材派遣会社社長、アルグエレス・エドアルドさん(49)は「葬儀を開くことくらいしかできない。本当にくやしい。焼津のブラジル人はみんな怒っている。まじめに働いているブラジル人への影響が出るかもしれない。犯罪を犯して帰国したブラジル人は日本で裁かれるべきだ」と話す。社長によれば、帰国したとされるネベス容疑者の故郷バストス市の新聞にも事件が報じられたという。【山田毅】

12月27日(毎日新聞朝刊/最終更新:12月27日11時1分(YAHOOニュースより引用)



投稿者: webmaster 投稿日時: 2007-4-2 15:37:20 (427 ヒット)

12月22日に起きた静岡県焼津市の母子3人殺害事件。容疑者、被害者ともにブラジル人です。

3人の尊い命を奪った容疑者に対して、許し難い気持ちを抱いている方もいると思います。

けれども、その許し難い気持ちを、近くにいる外国籍住民に向けて、偏見を持った目で見ないで下さい。

今回、ブラジル人が起こしてしまったことは、取り返しのつかないことですが、ブラジル人みんなが犯罪者ではありません。一所懸命、慣れない日本での生活を頑張っている方もいます。中には、自分自身の来日してからの壮絶な差別経験を語りながら多文化共生推進活動に奮闘する方もいます。

生活スタイルに違いはあれ、様々な形で彼らは、私たちとともに生きているのです。




投稿者: webmaster 投稿日時: 2007-4-2 15:36:38 (422 ヒット)

私の友達で、日系ブラジル人3世の方がいます。

今日、彼は、在日外国人に対する差別・人権について、自らの体験をもとに現状を伝えるべく講演活動を行っております。



自分の過去を話すということは、それ相応の忍耐力を持ってでも辛いことです。体調が優れなくても、気持ちを奮い立たせ、講演会場に向かいます。そこまで彼の背中を押すものは、一体何でしょうか。



私は、在日外国人(主に在日ブラジル人)と関わってまだ5年ですが、その中で垣間見た日本社会は、決して温かいものではありませんでした。



いつか、経験者が語らなくても「差別・人権侵害のない」日本社会が到来することを願って止みません。


投稿者: webmaster 投稿日時: 2007-4-2 15:35:43 (397 ヒット)

2002/01/19神戸新聞



『(神戸市)東灘区の臨海部にあるコンビニ弁当工場・・生産ラインに立つのは大半が日系人。コンビニへの配達時間に遅れると、罰金が科せられるため、皆必死だ。こうして1日約80種類、10万食の弁当が県内各地へ出荷される。「どうして日系人が多いかって?そりゃ、日本人が集まらないからですよ。こんな不景気で未明に働いてくれる日本人はいない」。

工場の担当者はこう続けた・・「品切れ対応と鮮度アップのために24時間稼動する。日本人だけでは回らない。約100人の日系ブラジル人を雇っている・・・コンビニで安価に手に入る<便利さ>が彼らのような日系人抜きには成立しない現実がそこにある」』



毎日、通勤や通学途中で、お弁当やおにぎりを買うことができるのは、私たちが寝静まる時間帯に働く外国人の存在があるのです。日勤だけではなく、夜勤、深夜勤もする彼ら・・。かつて、住んでいた団地は非常にブラジル人が多いところでした。「今日、仕事休みなの?」「休みじゃないよ。今日は、深夜勤なんだ」という会話を思い出します。



投稿者: webmaster 投稿日時: 2007-4-2 15:34:52 (287 ヒット)

1年前の2005年11月13日、滋賀県彦根市の名神高速道路で起きた多重衝突事故。この事故で、18歳から32歳のブラジル人7人が亡くなった。彼らは、県内の自動車部品関連工場で働く同僚だった(読売新聞2005/11/16参考)。

この事故のこと・・私は忘れてしまっていた。事故当時は、私の中で、この多重衝突事故はものすごく衝撃的なものだった。なぜならつい半年ほど前に、自宅からもそんなに離れていない所でJR脱線事故が起こり、自分と同じ年の方が亡くなられるという悲しい事故が起きたばかりだったからだ。でも・・1年という歳月の中で、名神高速道路での事故の記憶は段々と薄れて行ってしまった。

そして今日、仕事の合い間に知った犠牲者を追悼するミサのニュース・・思いを馳せると同時に心の中で冥福を祈った。



http://www.yomiuri.co.jp/zoomup/zo_05111601.htm?from=os1(読売オンライン)


2006/11/14


投稿者: webmaster 投稿日時: 2007-4-2 15:32:19 (244 ヒット)

財団法人全国市町村振興協会・全国市町村国際文化研修所(滋賀県大津市)では、様々な研修を行っていますが、その中でも私が非常に関心を持っているのは、「多文化共生社会対応コース」と「多文化共生マネージャー養成コース」。

今回は、残念にも申し込みを逃してしまったのですが、将来的には是非!挑戦してみたいと思っています。養成コースのほうでは、修了者には「多文化共生マネージャー」認定証書が交付されるそうですよ。魅力的だな~と個人的に思っています。

2006/11/10


投稿者: webmaster 投稿日時: 2007-4-2 15:31:30 (248 ヒット)

昨日は、可児市国際交流協会主催の「多文化共生フェスティバル」が開催されました。私も会社の同僚とともにイベントに参加しました。移民に関する展示と中国残留孤児に関する展示をさせて頂きました。

「ハルとナツ」ってご存知ですか?ブラジルと日本と離れ離れになってしまった姉妹の物語です。すごく感動的でもあり、考えさせられる話です。機会があれば、是非ともご覧下さい。私もビデオに撮り、何回も見たくらいです。今は、そのビデオは日系ブラジル人の友達にプレゼントしてしまって、手元にないんですけどね・・。

今日は、前回のちょっとひとことで書いたように新潟中越地震から2年が経つ日です。今朝、ニュースを見ていて、印象的なものがありました。母と姉を地震で亡くした小さな男の子が、現場を少し離れた場所から見て、「僕はレスキュー隊になって人を助けたい」と。傷ついた心を奮い立たせるような言葉にジンとしました。改めて、犠牲になられたすべての方々にご冥福をお祈り致します。

10月23日(月)


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